30年前の雲仙普賢岳噴火

本日は、長崎県雲仙普賢岳の噴火火砕流で43人の犠牲者を出してから30年。6年後の平成8年6月に終息宣言が出されるまで、島原市を中心に被災家屋は約2500軒、避難者は約1万1000人に上りました。この時始めて「火砕流」や「土石流」という噴火災害の怖さを知りました。
平成9年12月2日、大阪府議の有志で、被災者への支援、災害救助、復興策を調査するため島原市役所や現地を訪問。発生時の島原市長であった鐘ヶ江管一氏とも会い、当時の対応を聞かせて貰いました。 これらの調査したことを大阪府の防災対策に活かせたと思っています。

災害のひどかった深江町の家屋